第27回オーシャンカップ
日付:2004年10月17日
出航地:葉山マリーナ
帰港地:葉山マリーナ
乗員:長谷川氏(アブラツボセール:バウ)、金井氏(マスト)、梅田氏(キーボード)、山本(ジブトリ)、菊谷(サブトリ)、横山氏(フローター)、寺山(メントリ)、平井(ヘルム)
海象:天候:曇り、風向:北東、風速:12-22ノット、波高:0.5
レースリザルト:10位
コメント(平井):
ニュークレセント(Seam33)での初のレース。ということで、すっかり盛り上がっていたら、いつものクルーの参加が・・・少ない。
菊谷さんと山本さんだけ・・・。あれれ、本当に出れるのかな?と思っていたら、横山さんが、僕も長谷川さんも出るよ、助っ人も呼ぶよ、と心強いお言葉。
結局、いろいろな方にお世話になっての初レースとなりました。
本日の目標は、船の状態を見ること、修正点を探すこと、成績は二の次!といっていましたが、実際海面に出ると熱くなるのはヨットマンの宿命か?
上下2本というレースでしたが、とりあえず私が第1レースのヘルムを取る、第2レースは寺山さんがヘルムを取るということで、レース開始。
初レースでぶつけるのはいやだし、とビビリながら余裕を見てエントリーすると、寺山さんと長谷川さんのお陰でよいポジションを取る事が出来る。
スタートをしたら、なんとフリートをリード。アドニスの前にいるのは何と気持ちの良いことか。
ボードスピードでも、アドニスとそんなに差はないようだった。そもそも強風ではアドニスの方が強いはず。それを考えれば上出来上出来。
残念ながら、マークが流れてノーレースとなり、第1レースを再開。
今度は一番とは行かないまでも、まあまあのポジションでスタート。
そのまま、アドニスを追走する形で走る。
私はといえば、新しい船のため、ヘルムの感覚がいまひとつ分からず、ピンチ・モードを保つので精一杯。
練習をしなければ・・・。
結局、見事着順2位でゴール。素晴らしいボート・スピード!!横山さんに感謝、感謝。
第2レースは、寺山さんのヘルムで、スタート。残念ながらリコールにはなるものの、やはり素晴らしいスピードを見せてたぶん着順3着でゴール。
終盤風が落ちて、No. 4ではパワー不足であったものの、未だチューニングが決まっていない状態でのこの成績は立派でしょ。
レース後のパーティーのビールが美味かった。
長谷川さん、寺山さん、横山さん、急遽助けてくれた梅田さん、金井さん、みんなどうもありがとう。
クレセントII大回航記(名古屋ツボイヨットから葉山まで)
日付:2004年10月10日、11日
出航地:名古屋ツボイヨット
帰港地:葉山マリーナ
乗員:横山一郎氏、古関、椿、平井
海象:天候:雨時々曇り、後晴れ、風向東及び北東、風速5−25knot、波高最大10m
ログ:
写真集
コメント(古関):
クレセントII回航顛末記
10月9日 午前11時
前日横山さんから「朝のうちに入らないと新幹線が止まるぞ」とプッシュされ、雨の中ツボイヨットに到着した。ツボイではすでに台風準備完了していて船はポンツーンから離されていて入れない。船体の最終作業は残っているがNHKの台風情報を見るしかやることなく、増水した河川、沼津で車庫が水に漬かった民家、土砂崩れを警戒して公民館に避難したばあちゃんなどを繰り返しみる。
9日 午後1時
横山さん到着。積み込み予定品をチェック。平井さんから電話、仕事が終わったので東京駅に向かうとのこと。椿クルーの乗った新幹線は浜松付近で止まっているらしい。名古屋では雨はちょっと激しくなってきたが風はたいしたことはない。ツボイ社長がぽつりと「どうなってんだよこの台風は」と言う。NHKでは盛んに警戒を呼びかけているが、中継ででてくる串本あたりでも風はそれほどでもない様子。夕方から最終作業をする方向で打ち合わせをする。台風が速度を上げて抜ける見通しなので回航はできそうだが河川の増水で浮遊物が予想されるところ。
9日 午後3時〜 平井さんは東京駅に着いたところで新幹線運行停止となり自宅へ。最終新幹線に希望をつなぐが交通混乱を考えると翌朝になろう。
3時半頃から名古屋は空が暗くなってきて雨脚が激しくなるが西の空はすでに明るくなる兆しあり。椿の新幹線は結局3時間ほど浜松に停車後のろのろ動き出した様子。
9日 午後4時 関東は結構ひどい状況になりつつあるらしい。80年中ごろだったか相模湾のハーバーが軒並みやられた台風のコースと似ているのが気になるところ。後で聞くと石廊崎では瞬間最大風速67mで機器が壊れたとか。こちらはあっさり雨がやんで作業開始。平井オーナーには悪いが新艇の処女艤装のトライアルを楽しむ(すみませんね平井さん・・)。
9日 午後7時 ツボイ社長、横山さんと一杯。椿氏5時間新幹線に閉じ込められたあと金山到着。その後椿と一杯、結局飲む。これはやっぱり、後悔の種になった。航海での後悔先に立たず。
10日 午前8時半
横山さんは船内泊で仕上げ作業。ホテルが満室でした、すみません。船がスタンバイしたなか、平井さん到着、あわただしくセールをセットして出航式、ツボイ社長の見送りでツボイヨットポンツーンを離れた。
伊勢湾内へ
走りはスムーズだが艇速表示がおかしい。横山さんに補正値入力を迫られたが逃げる。マキシのディスプレー表示を変えたくなってマニュアルを読んだが結局わからずこれも放棄。
時折日差しが覗くうす曇のなか風は東気味、。何で台風の後東が吹くのやろか?出航前に坪井さんがとってくれた天気図では気圧の谷間が出来ており、はっきりしないが前線ができつつあるようだ。
漂流物を避けながら名古屋港外に出たところで東南東~南東、10ktといったところか。セールアップを準備するが、ちょうど付近にいたタグボートが、航路から出ろ、はいってくるなと催促して付きまとってくる。やむなく航路の西側でまずフルメイン、その後No3をあげて進むうち風が上がってきてオーバーパワー気味になる。ワンポンをいれたが、風が前に回ってきてジブおろす。ワンポン+機走。風力は10kt弱〜20kt弱くらいで上下、風向は南東〜東南東で振れまわる。湾の東に向けるついでにセールダウン。案の定浮遊物が多い。流木の所有権について平井さんと議論、決着。
10日 午後3時位 伊良湖水道通過、いよいよ遠州灘のうねりのなかへでた。天竜河口で予想される流木を避けるべく沖だしを心がけるが・・・うねり波、風とも正面である。波高は平均で3〜4mくらいか。昨日テレビで見た伊良湖中継のカメラ位置を横山さんと議論、決着。
10日 午後5時30分 西の空はきれいな夕焼けが見えるが東はどんより真っ黒な雲である。波は時々大きいのがくる。遠州灘道中のゆくえが心をよぎるのは人の性というもの、長い夜の予想にいささかうんざりするがとりあえず表面は平気を装う。
結局風は南東〜東南東、10ktくらいから20〜30ktのコンディションでの遠州灘回航となった。
10日 午後8時ころ ヘルムを平井さんから交代。北東方角にかろうじて残った雲の切れ間の光で波をみる。東~南東の空は真っ黒である。時折6mくらいの波が重なってくるとよけきれない。パンチングでマストとキールが震える。新艇なんだから丁寧に走らせろと言われたらなんて答えるベイか、などと考えながら努力奮闘。8時半頃だったか、一瞬の感覚では10m近いような一発波がくる。船体半ばまで一瞬宙に浮いた感じで海面にたたきつけられる。何気ないふりを装ったが横山さんの表情を覗ってしまった。
カーボン樹脂がレーダー波を反射するか横山さんと議論、決着せず。
ところで平井ステートメントに引用のある横山コメントの某クルーは小生です。デザイナーとしてはそんな時なにを考えているのかと聞いたのが主旨でして。確かに強度もちょっとは気になりましたが本気であの程度で壊れるとは考えておりませんです、言うまでもなく横山さん、ツボイヨットの皆様を全面的に信頼しております。
以上言い訳。
夜半にかけて闇夜になってくる。風は正面から20ktくらいの感じ、スプレーで目を開けていられず。もう何をやっても同じやなぁとしみじみ思ってみる。不用意に昼間の格好のままかっぱをきて夜に突入したのでずぶぬれで寒い。午後9時頃だったかサイドデッキでぼんやり前を見ていると、突然音もなく、といった感じで青波がデッキに上がってきて盛大にデッキを洗って行った。一瞬だったが腰が浮く。着替えの入ったバックを不用意にバウの一番奥に押し込んだのを悔いる。夕べの酒もついでに後悔する。
10日 午後10時ころ キャビンに入って意を決して着替えるがしばしダウン。
その後多少波が収まってきた。小生オフの間に働き者のオートヘルム「ヒライジュニア」登場。
11日 午前2時位 舞阪沖の本線航路のなか、行き会い船を避けようとジュニアをつついていると突然エンジンが大きく息をつく。燃料ゲージゼロ。横山さん指揮の中あわただしく給油。クレセントIIはキャビン内に給油口がある。うねりで動揺し軽油がキャビンにこぼれる。小生ウオッチ中でデッキ上とはラッキー、と心によぎる自分はちょっといかんなぁ、と、後で、思う。
11日 午前3時半 うねり波ともに収まってきたが、相変わらず闇夜で流木見えず。2mくらいのものに接触した。たいしたことはない様子。
ウオッチ中は暇なので(?)、到着時刻をあれこれ予想する。遠州灘に出てからは波を避けるためにスロットルを絞った。しかも正面からくる波をうろうろ避けたので対地でせいぜい3〜3.5kt程度か。小生回航後は京都に帰らなければならず新横浜発21時34分の新幹線最終の指定券をとってきたが、絶望的であろうと考える。とりあえず12日の言い訳を考えてみるが現実感はない。所詮は葉山に入港した後の話である。
11日 午前6時頃。昨夜の後ろめたさを取り戻すべく横山さん指揮の下、鋭意給油作戦に参加、前回の教訓を生かした平井案の10l小分け策が成功を収める。
11日 午前9時頃 朝食。波が収まってきたのでお湯をわかす。カップお粥好評。かなり前に積み込み品をツボイに送り込む必要がありいかなる状況にもあうように大量の食料を買い込んだためその中から最適物と思うものを出せたのだが、ほめられると、結構うれしい。日差しが出る。
11日 午前11時55分 神子元島の南側を通過。この頃潮に乗ってSOG Max8kt(景気のいいほうの機械を信頼すれば、だが)をマーク。それでも道行きを考えると小生本日の帰宅は難しそう。デッキ上では風邪で休めといわれるが既に日焼けしたところではいかがなものか。横山さんと神子元島の統計上の住民数について議論、多分決着。
11日 午後1時半 3回目の給油、平井さん提案により、大胆にもポンプを使わないポリタン直接法で一気に20l給油成功。やる気になればできるものである。写真を撮ろうとするがカメラ調子悪し。横山さんとドップラーレーダーで潮流を測定する方法について雑談、議論にはならず。
相模湾に入ってから案の上というべきか北東風になった。しかして微風。結構いい潮に乗りコンスタントに7ktオーバーをキープ。うねりが落ちてきた海面をすべるように機走する。が、小生にとっては到着時刻は相変わらず微妙。ひそかにスロットルをあげようとしたが既にフルスロットルであった。11日の泊まりを算段しつつ12日の始発新幹線を携帯から予約する。
11日 午後5時 デッキを片付けて入港の準備完了。後はやることがない。艇はヒライジュニアのヘルムで勝手に走っておりほとんど動揺もない。こうなればお湯は沸かし放題なのでレギュラーコーヒーなんかも入れてお褒めを頂く。単純にうれしい。?千万の「夢の塊」の上で横山さんはきゅうり、平井さんは魚肉ソーセージを結構喜んでかじっている。それを眺めながら今回食当としては成功の部類であろうとひそかに自負する。
11日 午後7時 昨夜も気になったがバウライトがパルピットに反射して結構まぶしい。ダンボールで目隠しをして入港に備える。これは上手く行き椿にほめられたので悦に入る。昨夜の遠州灘からみるとうそのように静穏な海である。オールハンズで網をウオッチしながらアプローチ開始。台風で撤去されたのか網、蛸壺などの障害物は全くなかった。
11日 午後7時45分ころ 葉山マリーナ着。マリーナ職員さん、横山さんの奥さんのお出迎えでもやいを取り36時間の回航は無事終了した。昨夜の状況のなか、小生の帽子が飛んだ以外さしたる問題もなかったことは誠に喜ばしいことであった。
反省:横山さん、平井さんのご好意に甘え、後始末もせず横山奥様の車で逗子に送っていただき新幹線最終に間に合った。が、傘、カッパ、ハーネスなどを置き忘れてきた。ばりばりの新艇のバウライトにつけたダンボールの目隠も誰か取ってくれたか気になるところ。クルーとしてはその辺はきちんと始末するべきであったところ、すみません。
以上
南波メモリアルカップ観戦記及びクレセント大阪夏の陣
日付:2004年8月27/28日
出航地:大阪ミナミ
帰港地:新西宮ヨットハーバー
乗員:今津氏(師匠)、稲葉兄弟(YST)、記内(YST)、北中(YST)、樋口(YST)、ゆうこさん(YST)、下地さん、椿(クレセント)、平井(クレセント)
海象:天候:晴れ、風向:東北東、風速18-22ノット、波高:1m
レースリザルト(世捨人):
写真集はこちら
コメント(平井):
「猛烈な」と形容される非常に大型で強い台風が、レース海面を覆いつつあった。これは、ノーレースでは?と思わせる雰囲気の中、大阪への新幹線に飛び乗った。
なんといっても関東の優勝チーム「世捨人」の記念すべきレースである。良いレースになれば、と思いつつ、新幹線から暗い空を見つめた。
と、午後6時。元気なこうたんの声に引き連れられて、世捨人の面々がふぐ屋さんに現れる。
そして、そうこうするうちに、クレセント大阪支部支部長の椿も現れて、ふぐ料理がテーブルを覆った。やっぱり、大阪は安くてうまい?!
稲葉兄弟を先頭に、みんなで食いまくる。「やっぱり、ふぐ雑炊がうまい!!」とのこうたんの雄叫びが店中に響き渡った。
翌日のレースを控えているためか、珍しく9時くらいにはお開きになって、YST(Yosutebito
Sailing Team)は北中邸へ、クレセントチームは、北新地へ。やっぱり行かざるを得ないでしょう??
新地を歩くうち、しっかりと椿は知り合いのクラブのママさんに捕まって、クラブへ連れ込まれる。片栗粉と何かを混ぜて塗るとどこそこがどうなる?なんていう話題で大阪の夜をエンジョイしていると(やっぱり、銀座のクラブとは話題がちょっと違う?)、気が付いたら11時。こちらも翌日が早いので、名残を惜しみつつ、お店を出る。
ほんとに、「たこ八」のしょうゆ味たこ焼きはうまかった!!
<予選ステージ 組み合わせ表>
| no.1 flight | no.2 flight | no.3 flight | no.4 flight | no.5 flight | ||||||
| no.1 match | 稲葉 | 本吉 | 稲葉 | 蔵道 | 蔵道 | 浜崎 | 山岸 | 蔵道 | 山岸 | 稲葉 |
| no.2 match | 蔵道 | 長堀 | 浜崎 | 本吉 | 本吉 | 山岸 | 稲葉 | 浜崎 | 本吉 | 蔵道 |
| no.3 match | 山岸 | 浜崎 | 長堀 | 山岸 | 長堀 | 稲葉 | 本吉 | 長堀 | 浜崎 | 長堀 |
そして、翌日、マッチレースの初日。
天気は悪くなく、日差しが肌を焼くものの、海上はウサギが飛んでいる状態。平均で25ノットを超えたらば中止とのこと。そこまではいかないものの、20ノットを超える風が吹きまくっている。
稲葉兄は、「吹けば吹くほど、ウチには有利。実力では難しくても、相手がトラブルを起こせばこっちのもの」と皆を元気付ける??
結局、最後はこの言葉が自分に返ってきてしまったのだが・・・。
第1フライト、相手は、本吉チーム。マニューバリングは、まだ朝が早いせいかピリッとせず、風に立ち合っているうちに、すっと、本吉チームが抜け出し、スタートラインへ向かう。おやおや、と思ううち、相手方はどんぴしゃのスタート。稲葉チームは2挺身くらい遅れてスタート。うーん、残念と思いつつ、追い上げを期待する・・・、がなかなか差がつまらない。もう、フィニッシュだ、というところで、しかし、神風が吹く。本吉チームは、大きなブローチングをして、ほとんど90度に倒れる。ええー、ボラボラの時でもあそこまで倒れたことはなかったなあ、と思っていたら、どうやらブームを折損。見事稲葉チームは逆転勝利。4人の笑顔が艇上に並んだ。
残念ながら、第2フライトから第4フライトまでは、観覧艇の都合で観戦ができず、最後の第5フライトに何とか間に合う。
マニューバリングは、なかなかダイナミック。上下でケースが飛び交う。あれれ、どう見てもオーバーラップしているし、下艇の稲葉さんの抗議が正しいと思うけどなあ、と思っていたら、すっと切り返して稲葉チームがスターボでアウターに向かう。やった、これで勝った、と思ったら、なぜかアウターを切れず、右へタック。山岸艇のケツをディップして右海面へ出て行く。え?高さが足りなかったの?と思っていたら、結局その後も稲葉艇はピリッとしない。あれれ、なんかジブの上の方がちゃんと開いていないぞ、と思ってみていたら、稲葉艇は高さが出ないまま、最初の上りの途中でジブを降ろしてしまう?ええ、どうしたの??どうも、ジブのリーチコードがハンクスに引っかかってジブが破れたらしい。あれあれ。結局リタイア。
ということで、残念ながら戦績は1勝4敗。うまく行っていれば、2勝3敗にまでは持ち込めたはずではあるが、勝負の世界に「たられば」はなし。次回は、ちゃんとハンクスにテーピングして頑張りましょう。
最後は、芝生でみんなで悪口を言い合いながらビールを飲む。大体、良い年の大人が、本気で夢中になって怒っているのだからヨットは面白い。
世捨人の将来に乾杯!!
サンタクロース・カップ
日付:2004年8月8日
出航地:葉山マリーナ
帰港地:葉山マリーナ
乗員:記内(バウ)、椿(マスト)、菊谷(キーボード)、山本(ジブトリ)、原田(サブトリマー)、築城(メントリ)、平井(ヘルム)
海象:天候:ピーカン、風向:南、風速:8-15ノット(風速計がないため正確には不明)、波高0.5m
レースリザルト:18位
ログ
コメント(平井):
クレセントI(Y-31S)を失って初めてのレース。今回の戦闘艦はNST#3(YAMAHA
30NS)。いつもチャーボイやウインド・フェアリーを見ていてどんな船なのかは興味津々だったので、とっても楽しみ。
さて、乗員はというと、大阪に単身赴任の喜びを見出すべく去っていった元バウマンの椿が夏休みで久々に参戦。遊びすぎてちょっと痩せたような。今度のクレセント大阪夏の陣ではよろしく。
それから、私のご近所、PTA仲間の原田さん。もともとヨットは非常にお好きで、広告とかのクリエーターをされている。これを機会にまた是非乗りに来てください。
ところで、レース。コースは烏帽子岩行って来いという非常に単調なレース。スキッパーズ・ミーティングで「烏帽子岩のダイボウは、南端を回るように」との村越レース委員長の厳しいお達しにもかかわらず、「どこにダイボウがあるの?」という状態。艇速が出ない苦しみを味わいつつ、楽しみました。大体、NSTの艇速はルーズなビーティングで海援隊(Y-30S2)と同じくらい。海援隊がハンディキャップ7.20でNSTが8.00ならば勝てるはずがない!!村越委員長、そこのところよろしく。
クレセントIさよならパーティー
日付:2004年7月10日
晴天の下、葉山マリーナーのバーベキュー施設を借りて、クレセントIのさよならパーティーをやりました。
まずは、さよならクルージングということで、普段なかなか乗れない家族を乗せてのクルージング。人数が多かったため2回に分けて楽しみました。ちょっと酔ってしまった子供もいましたが、15-20分程度の葉山沿岸クルーズ、楽しんでくれたことと思います。クレセントもいつもと違ったゲストを乗せて嬉しかったことでしょう。
古関さんが写真を撮っておいてくれたので、写真集をアップします。みんなの楽しそうな笑顔を見てみてください。
バーベキューの準備をしてくれた方々どうもありがとう。相変わらずナイスなスペアリブを用意してくれた古関さん、立派なサーモンを用意してくれたコープランドさんを初め、みんなどうもありがとう。
第2回七夕レガッタ
日付:2004年7月4日
出航地:葉山マリーナ
帰港地:葉山マリーナ
乗員:記内(バウ)、菊谷(キーボード)、平井(ジブトリ)、横山(メントリ)、ヘルム(山本)
海象:天候:晴れ時々曇り、風向:南、風速:忘れた。、波高:たぶん低い
レースリザルト:12位
ログ:とり忘れ。済みません。
コメント(平井):
ちょっと仕事が忙しく、ログブックを書くのを忘れていました。というか、分かってはいたもののなかなか書けませんでした。すみません。
このレースは、クレセントI(Y-31~S)の最終戦でした。1995年に購入してから9年間、よく頑張ってくれました。トウキョウズ・カップに参戦したり、清水へ行ったり、伊豆半島をクルージングしたり、いろいろ思い出は尽きません。新しいオーナーの下、愛媛の地でまた活躍してくれればと思います。
さて、レースの方ですが、ほとんど内容は忘れました。ただ、腰痛発生中のスキッパーがレース中に叫び、私はジブシートを握りながら祈り、バウの記内さんが驚いていたことは鮮明に覚えています。まあ、レースをやっているといろいろあるものです。O&Sの小林さん、本当に済みませんでした。
16th Hatsushima Double Handed
Yacht Race 2004
Race Report(A subtitle:体育会ヨット部出身オヤジ組の珍道中)
06/26/2004
艇名:CrescentT
乗員:原(その他全部 笑)/ 山本(ヘルム)
海象:Wind Condition-aMax 30kt 〜 Min 1kt / Wave Motion-aHigh & Irregular
天候:晴れ 時々 曇り
参加艇数:46艇
Results:2nd Prize(C class)総合:不明(総合は順位は特に出さないようで、全てクラス毎の表彰だった為) ⇒ 単純な修正前着順は16位
Comments(山本):
◆前日(6/25)の夜
原Familyが山本家に到着。子供(たけし君 1歳半)と奥さんはとてもかわいくて、原とは似ても似つかない2人…「何故、原と結婚したの??本当に原の子供なの??」という疑惑が頭を過ぎりつつ「いらっしゃ〜い」と歓待。その日は少し話をして寝ようと思っていた所、うちのバカ息子が「パパー、ニモ(ファインディング ニモ)見る!おっきいので見るー!」と言い出した…おっきいのとは、プロジェクターの事で、これで見る場合は部屋を暗くしなければならない。でも原Familyが来ているのに、それはちょっと失礼かな?!(奥さんに対してのみの感情だが)…と思いつつも、子供に甘いバカ親父(俺です)は、すぐにスクリーンを降ろしDVDをセット。結局原Familyに対し何の躊躇いもせず、ニモスタート。たけし君は、ニモの始まる前に既にFinish(寝てしまった)していた為DNCであったが、奥さんと原は結構真剣に見ていた様。「原がDisney アニメを真剣に見るとは!!やっぱり親になったんだなぁ…」と、この時点でやっと先ほどのFamily疑惑解消(笑)。
その後うちのバカ息子も撃沈し、ニモが終わると同時に両奥様も2階へ寝に行った為、男2人の時間。世間話(原の悪さ話し)をしつつ、原がダブルハンドの場合のジャイブ手順やセールチェンジの手順を教えてくれたが、ジャイブ手順は「470と同じでしょ。」と言うことで片が付き、セールチェンジは「原が前をやるんでしょ?!」という事で片が付いた為、1:30を回った頃に就寝。明日は4:30起きだ。
◆レース当日
朝、予定通り(の訳はなく、予定より30分近く遅れて…)Marinaへ到着。すぐにMainとSheet類のFittingを行い、コンビニおにぎりを食べつつ出航準備。この時点でのStrategyは簡単で、「大型のLongに慣れていそうな艇の後ろを追っかけよう。後はBoat Handlingでレーティングを超える走りをすれば良い所まで行けるだろう。」(出来るの?ねぇ本当に自信あるの?という心の声は敢えて無視し)というだけで、レース海面へ向かう。(しかし出航時間は既に6:30近かった!)
前日のスキッパーズミーティングでは、「確約は出来ないが、逗子Marinaからそんなに離れていない所にスタートラインを設定します。」との事だったので、葉山Marinaを出てすぐに逗子沖に目を向ける…が、誰も居ない…他の艇を見ると、かなり前方をみんなどんどん沖へ進んで行っている。「えっ?そんなに沖なの??」と思いつつもこちらも全速力でついて行く。既に6:40。やっと本部艇を見つけ、ちょうど11分前のホーンが鳴ったところで、セールを揚げる間もなくエントリーし、ようやくMain Up準備。原に「時間とれる?」と聞いたところ「あ、俺時計持って来てないや。」(原)「じゃぁ、俺がとるわ。」(山本)何て言っていたら、時間を取る間もなく10分前が揚がってしまい、「とにかくMain揚げよう。」という事でMain Up。結構吹いていた(25kt Over)のと、俺がダブルハンドに慣れていないせいもあり、かなり手間取りつつMainを揚げ、Genoaに掛かる。この時、「No.4? No.3? Heavy?」の選択肢があり「まぁNo.4は無いな。風は落ちて来るだろうけど、Heavyじゃまだきついな…」という事でNo.3に決定。原がセールを取りに行く。暫くして「ねぇ、No.3ってどこにあんの?」(原)「あっ、そうだ平井さんがコクピットロッカーにあるって教えてくれてたな。俺が探すわ。」(山本)と言って原にヘルムを渡しロッカーを開けると…綺麗に畳まれてバッグの上にバテンがちょこん!と乗っかっているセールバッグを発見!!「そりゃそうだよな。セール修理に出したんだもん、バテン入れてフレークしてあるわけ無いよな。」←さすがオヤジ2人組。この時までNo.3の事をすっかり忘れており、せっかく平井さんが修理を急がせてくれた好意を見事に踏みにじる…平井さん、本当にスミマセン…(泣)
と言う事で、気を取り直しHeavyを持ってデッキに上がる俺。ふと周りを見る…「あっみんなスタートしてるね(汗)」(山本)「仕方ないよ。それよりGenoaのセット出来る?」(原)「そりゃ、セットくらい出来るよ俺だって!でも、経験上1〜2回しかやったこと無いな多分…。」(山本)←心の声。
と言う事で、Genoa セットからホイストまでを何とかこなし、原からヘルムを受け取り、11分遅れでやっとスタート。初島(GPS 240°)を目指しポートでクローズを走る。風速が26knots Overで、うねりが大きかった為、HeavyのラフにBack Windを入れながらの結構シビアなヘルムを要求される。(ジブのリーダーを下げ、フットをサイドステーにバシッとあて、トップを開きつつスピードとティラーで上りを稼ぐ。この状況では全ての計器類はあてに出来ない(スピードメーターも、タイムラグがあるのでメータを見てティラーを切っていたら、逆Actionになってしまう危険がある)為、ヘルムの感覚とスピード感覚だけを頼りにバランスの良い所を常に探り続けるような感じ。MainはラフのBack Windを気にせず、リーチが少し利いていれば良い程度。)原が上に居ても、さすがにヒールは全然起きず、「原、痩せたのかな?」などと思いつつヘルムバランスとスピードにしばらく集中する。(なーんてかっこいい言い方しているけど、本当は殆ど原とくっちゃべりっぱなし!! 笑)
前方では、何艇かがOver Powerによるブローチングを起こしており、「このレベルなら、10分遅れは余裕で取り返せるな。」などと勝手な事を思い込む俺。(いやぁ、性格って怖い怖い 笑)
そこでふと気付く…(出艇前に組み立てた素晴らしい(笑)Strategy…)「あれっ、追い掛ける艇はどれだっけ??」(山本)「そんなのとっくに分かんねーよ。」(原)「そっか、10分遅れだもんな。じゃぁとりあえずポートでこのまま伸ばそうか?ブローも入り続けてるし。でもちょっと待てよ。先行艇が結構左に返して来てるぞ。」(山本)「何でだろう?」(原)「うーん、何でだ??」(山本)「まっいっか。とりあえずこのまま伸ばそうよ。タックするのも面倒だし。左に行く確信も無いし。」(2人)←いやぁ、ここでまた出ました、いい加減オヤジ2人組。深く考えるのも面倒くさかった。と言う理由で、「右も岸よりの良いブローが入るよねー。」などとのたまいつつ自分達を納得させ、ポートで走る走る。
スタートして1時間が過ぎた頃、上から【Charboi U】が徐々に追い付いて来た。「あの艇って何?」(山本)「あぁ、チャーボイだな。多分、栄一郎(浜崎 栄一郎…シドニーオリンピック470級代表スキッパー)がヘルム取ってるよ。」(原)「へーっ、栄一郎出てるんだ。(一応、North時代には少し面倒見てた事がある俺は…)絶対負けないぞ。」と改めて集中し直す…が、20分も走ってると上から突破されそうになってくる。「おかしいなぁ、何で栄一郎にこんなに負けるんだ??」(山本)←またまた勝手な思い込み。(笑)「チャーボイって、うちよりレーティング上?」(山本)「上だよ。Classも上だったと思うけど。」(原)「なーんだ、じゃぁしょうがないな。(腕のせいじゃないな)」(山本)←おいおい、おっさんおっさん(笑)。「それに、奴らはNo.3だから、うちよりPower Balance良いしね。」(山本)←皆さん勘違いしてはいけません。セールチョイスの良し悪しも含めて、Yacht Raceです。こんな言い訳は通用しません(笑)。
と、そんなこんなで、しばらくしてから上突破される。が、上りはうちの方が良い。栄一郎は下に落とされて行く。その後、10艇身ほど先行されたが、そこから差が開かなくなって来た。見ると、バウの角度がほぼCrescentと同じ方を向いている。「栄一郎も若いねぇ。上り負けてるのが悔しくて角度合わせて来てやんの。」(山本)←これも勝手な思い込みだったかも知れないが、何故かしばらくはそんな状態が続く。
その後、徐々に風は落ちて行き(15knots前後)、ふと気が付くと栄一郎が左に返して行く。本当はブランド(オリンピックセーラー)に弱いオヤジ2人はここで急激に左が気になり始める。直前まではGPSを見ながら、「まだまだポートで良さそうだね。」なーんて話していた二人が…当然の如く、左に行く為タック(笑)。そこでもまたドラマが!!ポート側のジブシートがタック中に外れ、シバー状態に!!ジブセットしたの誰だっけ??(あっ俺だ 汗)。即、タックを戻しシートを付け直し(今度は原が)、再度タックをし直してスターボへ。「おかしいなぁ」(山本)「何やってんだよ、オヤジ(笑)」(原)「あー、しぃましぇーん。」(山本)←学生時代のヨット部仲間にミスをすると必ずこう言う謝り方をする奴が居たので、真似して見ました。
タック後、少し走るが、うねりは真正面から来るわ、風速は10knots近くまで落ちるわで良い事なし。やはりブランド志向はダメだね。などと思いつつ再びタックバックし、ポートで伸ばす。一応、栄一郎を見るとそのままスターボで伸ばしている…バカだなぁと、またまた×2勝手な思い込み(笑)。しかし、やはりオリンピックセーラーは違った!30分もしない内に栄一郎の艇がえらくヒールしている。こっちは艇が立っている。あっあれっ??しかし、諦めの悪いオヤジ2人組はそのブローがすぐにこっちにも下りて来るだろうと、得意の思い込みでそのままタックせずに待つ。待つ。待つ。「…来ないじゃーん 笑。」って事で、栄一郎との差は再び開き始める。(う〜ん。悔しい…)
その後、原にヘルムを代わって貰い、しばし休憩。しかし普段の行いの差?が出てしまい、原がヘルムを取ると風が落ちる落ちる。風速が5knotsまで落ち、更に上空で回り始め、うねりも手伝い、「バサッバサッ」というセールの音が木霊する。「寝ちゃおっかなぁ…」なーんて思っていると、不屈の闘志?の原が、「俺がヘルム取ると風が落ちるな、山本代わって!!」と。そこで再び気合を入れ直した俺は原からヘルムを受け取り、バウを少し落し、とにかく前へ前へ少しでも前へ!と頑張った!!それでも原に憑いている悪霊のせいでなかなかブローが入らない。10分後、俺に憑いてる女神のおかげで再びブローが入り始め、一気に20knots Overまで吹く。喜ぶオヤジ2人組。徐々に陸地が見えてくる。思ったよりも左側に初島はあったが、まぁ許容範囲の誤差。行け行けオヤジ組。振れタックを数回入れながら、初島に寄せて行く。ふと見ると、またまた栄一郎発見!ポートでかなり陸に突っ込んでいる。しかもえらくヒールしている。「よっしゃ。」今度はブランド志向ではなく、ブローのあるところを明確に示してくれる指標として、栄一郎の艇を参考にコースを引き直す。そして約30分後…。
栄一郎を抜いた!!すごいぞオヤジ組!!艇の上は大騒ぎ!!(と言っても2人だけでだけど)もう自画自賛状態(笑)。「バカヤロウ、こっちだって伊達に20年もヨットやってる訳じゃないんだぞ。」(原)「まぁ、栄一郎もまだまだだな。一から勉強し直したらどうだ?!」(山本)などと勝手な台詞のオンパレード(爆)。
それから更に30分位、我々がアドバンテージを取り続け、初島へのレイラインをスターボで取り、栄一郎の艇が下で受けたのを確認し、他の艇に目をやると…「居ない。他に前に艇居ないよ。全部後ろだよ。」(原)「おーーーっ、良いね良いね。」(山本)「まだ回航した艇無いよね?!」(原)「居ないんじゃない?!」(山本)「このまま行けばTop回航だーーーっ」(2人)そう思ったのも束の間、「…………!!!!何か先の方、遥か彼方にスピン上げてる艇が2艇いるぞ?!」(山本)「何だ全然Topじゃないじゃん。」(原)←やはりオヤジ組。思い込みだけでレースを楽しんでいた(爆)。しかもそれからすぐに、風が落ちる。落ちる。落ちるーーー。艇が止まる。下に居る艇はヒールしてる。「何故だーーー。」(2人)←いやぁ、抜かれちゃいましたー(笑)。下に居た4〜5艇に!(勿論、栄一郎もこの艇団の中に居た)そして、後ろの艇は追いすがって来る。「ここだけラルってる。」神にも祈る気持ちで再度陸よりに向けタック!その後、後続艇を少し引き離しつつ、キャッツポーパフを利用しながら初島へ再度アプローチ。やっと、回航。(13:00頃)
(読んで頂いている皆さん、さぞお疲れの事でしょう。(私も書いてて疲れました。)なので、回航後はかなりスピードアップして書きます…)
回航後、即スピンアップ。しかしここでも神様のオヤジ虐めが!!イカになってる(真中あたりがねじれて、2つに分断されてしまっているような状態)。原が何とか直そうとバウに行くが、3回転位していてなかなか取れない。スピンダウンしようにも、こんな時にかぎってブローが入ってしまい、上手くシートが取れない。上らせたり、デッドランまで落としたり、ガイ引いたり、スピンシー引いたりで、やっと解消。ふと見ると、先に回った数艇は既にかなり沖に出てしまっていて捕まえきれそうもない。後ろから回った艇は即ジャイブして岸に向かっている。多分シングル目で回航しているハズなので、冒険したくはない。Headingは60°でブロードリーチ、GPS上の目標地点は50°、「よっしゃ、このまま行こう。」という事で、ラムライン近くを10分程度スターボで走る。と、風が急激に前に回り始める。「ジャイブだね。」という事で、初のクルーザーダブルハンドジャイブに挑戦。確か470と一緒だって昨夜、原が言ってたな。って事は俺がブームを返して、ガイとスピンシーを持てば良いんだな。何て考えてると、いきなり原からガイとスピンシーを渡される。「んっ?どうするんだ?」(山本)「そのままティラーを股にはさんで、スピン廻しながらブームを返して。」(原)「ブームは誰が返すんだ??」(山本)「ブームは勝手に返すしかないよ。」(原)「470と違うじゃん。」(山本)「んっ、そうだな。でもまぁ大丈夫大丈夫、一緒一緒。」(原)まぁ、いっか。当て舵だけ気を付けていれば良いんだな。と言うことで、ジャイブ。(無事完了。)またラムラインに乗せ直し、ひたすら60°を目指し走る。途中、風軸の振れに合わせて数回のジャイブを入れつつラムラインを外さずにFinishを目指すが…突然潮に捕まる。波もフリーなのに正面から入り始める。ラルって来る。「なんじゃこりゃ?」しかし、実はこの時点で2人ともある事に気が付いている。(コースをミスった事を…)沖を見る。何か伸びている。岸よりを見る。やっぱり伸びてる。しかも岸よりの艇は何故かポートで走っている。(こっちはスターボのクォーターラン)。完全に風が違う。さっきまでは沖にも岸にも負けていなく、一番最短を走れていたのに…でも、復路の40%強まで来ているので、今更どちらかに突っ込む気になれない。「気圧が安定していないせいで、ブローとラルの強弱が極端だけど、少なくとも沖の艇も条件は一緒の筈だからこのまま行こう。」(山本)←既にラムラインを少しずつ外して、スピード重視の走りに切替えていたが、いつになく真剣に決断してました。しばらく我慢が続いた後、本ブローが入る。岸は相変わらず伸びていて、我々よりも若干先行し始めている。沖は…「大丈夫。こっちもこのブローで先行し直せる。」(2人)←今回はオヤジの思い込みではなく、ホントに他艇との関係でそうだった!!が、突然!風が30°近く右に振れる!!「ウソだろっ!!」(2人)一発逆転された!!沖の艇が一気に先行してしまう。こちらはもうどうしようもない。フリーではどうにも出来ない!!しかし、「岸よりの艇がこの影響を受けていれば、今度はこちらが勝つ番だ。」(山本)岸よりに目を向ける。【魁】を見る。やっぱり涼しい顔(見てはいないが…)でポートで走り続けている。「あーあ。これは負けたな…」(この場合の負けは、Resultsではなく、純粋に近辺で初島を廻った艇団の中で、という意味だが、やはり置いて行かれるのはとてつもない敗北感に襲われる。)
そこからは少し緊張感が抜け(って元々緊張してたっけか?? 笑)、とにかくラムラインに戻しつつ走る。相模湾沖では慣れたうねりが入ってきたので、プレーニング遊びをしつつFinish。(17:18)オヤジ2人組の長い一日は終わった。
Finish後、セールを全てダウンし、Marinaへ帰港。クレーンは終わっていたので、桟橋へ向かって行くと、坊主頭のおっさんが舫いを取ってくれに現れた。「ん??透ちゃん??(菊地 透…旧ニッポンチャレンジのレギュラーメンバー(コクピットマン)で、かの南波 誠さんが落水事故を起こした際に原 健とともに一緒に同乗していたSailor)このレース出てたの??7年振りに会ったね?!俺に気が付いてる??」(山本)←心の声。「どうだった?」(透ちゃん)「う〜ん。分かりませんねぇ。10位台ではFinishしていると思うけど…そっちはどう?」(山本)「俺たちは15:30位にFinishかな。Gaiaがそのちょっと前に居たな。」(透ちゃん)「えっ、そんなに早くFinishした艇が居るの??」(山本)「まだ他にも数艇居るぞ。」(透ちゃん)「スタート後、沖に出したの?」(山本)「そうだよ、ずーーーっと沖に出した。」(透ちゃん)「じゃぁ、俺達からは全然見えない所まで一気に伸ばしたんだな。10分遅れスタートだったし…。」(2人)
透ちゃんの艇は37.5 ft。「当然うちより上のClassだよな。Gaiaもそうだし、魁も…上のClassだし、やっぱりクラス優勝出来てるんじゃない?」(山本)「う〜ん。Dance of Magicが後ろの方に居たのは確認してるけど。どうかなぁ…まっ、明日の表彰式まで待とうよ。」(原)「そうかなぁ、優勝してると思うけどなぁ。ぶつぶつ…」(山本)←やはり性格の差は出るもんです(笑)。
◆表彰式(後日談)
何とC Classの優勝は【クレルドリューン ミラベル375】(透ちゃんの乗ってた艇)。我々と同じクラスだったのです。「まぁ、それなら仕方ないね。15:30にFinishしてるんじゃ、勝ち目はなかったって事か…それにしても透ちゃんが出てるのが事前に分かってれば…」←違うでしょ!もともと10分遅れでスタートしてるんだから、参考艇にはならなかったでしょっ。と、自分で突っ込みを入れたところで、終了とさせて頂きます。
成績表は、全部は大変なので各Classの3位までを報告します。
【成績表】
|
Class |
順位 |
艇名 |
艇種 |
|
A |
1 |
Brighten |
YAMAHA-25ML |
|
|
2 |
ValkyrieU |
YOKOYAMA-28 |
|
|
3 |
Tomboy |
FIRST 265 |
|
B |
1 |
O & S |
Cybelle 325 |
|
|
2 |
VIGOROUS |
EDV 30 |
|
|
3 |
LION HEART |
YOKOYAMA-30N |
|
C |
1 |
クレルドリューン |
ミラベル
375 |
|
|
2 |
CRESCENT |
YAMAHA-31S
Ltd |
|
|
3 |
Dance of
Magic |
SWING-31 |
|
D |
1 |
Gaia |
Dufor 334 |
|
|
2 |
魁X |
Seam 31 |
|
|
3 |
CharboiU |
YAMAHA-30SN |
|
E |
1 |
ジュリアン |
First 36.7 |
|
|
2 |
さち風 |
J/V 9.6CR |
|
|
3 |
HEART of |
Seam 33 |
|
F |
1 |
EBB TIDE |
YAMAHA-33S |
|
|
2 |
Foudation |
Mumm30 |
|
|
3 |
Lady Lahaina |
YAMAHA-33S |
長々と読んで下さった皆さん、有り難うございました。
そして、気持ち良く(しかも売り先が決定した後にも関わらず)艇を貸出して頂いただけではなく、準備に際し、一方ならぬご尽力を頂いた平井さんへ。
誠に有り難うございました。平井さんの心の大きさと優しさが身に染みて実感できたレースでした。原共々、本当に感謝しております。
最後に原君へ。
いやぁ、久しぶり(2人だけで乗るのは17年振り位かな?!)に心の底から楽しめたよ、有り難う。ヘルム以外の全部を原がやってくれたから精神的に非常に楽なレースでした。また来年も出る?(次は優勝狙いだな。 笑)
日付:2004年6月20日(第9回ピザーラカップ)
出航地:葉山マリーナ
寄港地:葉山マリーナ
乗員:「こうたん」こと今津氏(こうたんのことなら、次のホームページで http://homepage1.nifty.com/marinekids/)、斉藤、菊谷、山本、築城、平井
海象:天候:晴れのような曇りのような、風向:南、風速:13-22ノット、波高2.5m
レースリザルト:10位
ログ(クレセント)
ログ(優勝艇O&S)
コメント(平井)
水曜日頃から、天気図上の不気味な渦巻きがなんとも気になる。今度のレースは、日曜日、ということは・・・。金曜日の段階で、台風は歩みが遅いながらずいぶん本州に近づいて来ている。ああ、台風の風の中でのレース、大変そう・・・。
と思っていたら、HMYCからメールが流れてくる。「土曜日の下架と係留が難しいため、日曜日のスタート時間を遅らせます。」
なんだ、レースがなくなるのなら、思いっきり飲むのになあ。
ともあれ、レースが日曜日の朝0900スタートへ変更。土曜日の夜の横浜「こんどう」でのお楽しみも「こんどう」食材が水揚げできず中止。帰ってきた後、天気図を見たら日曜日は四国付近に台風はいたらしい・・・。
しかし、元気な村越レース委員長。お助け小屋からレース海面を眺めつつ、「穏やかだよね。これじゃ、中止にしたら怒られちゃうよ。」
ということで、スーパーサラリーマンセーラー「こうたん」をバウに迎えつつ、クレセントは出撃。マリーナの中を吹き荒れる風にビビッてはいたものの、海上がそれほどひどくないので「よっしゃ、やるかあ。」
スタートは、エンドマーク寄りの隙間をぬって出る戦略を採用。よっし、アドニスともタイミングが合っているし、いいかな、と思って時間を計ってスタートラインに寄せていたら、みんなどんどん出て行く。あれあれ、みんなリコールじゃないの?
そこで、すかさずこうたん。「時計が合っていないよーーーー。」済みません。
気を取り直して、それほどひどくないうねりと時々襲ってくる高い波を避けながら、慎重に平塚を目指す。途中、風が上がってメインのシバーが気になり始めたため、すかさずNo.1
HeavyからNo.3へジブチェンジ。だって、こないだメインを破ったばかりなんだもの。
でも、これが功を奏したから、割と良いバランスで船は走る。初めての平塚波浪塔が見えてくる。でっけー。塔を回ってからなぜか塔の方へ戻ってくる船がいる。ああ、あそこが悪名高い網の場所ね。ということで、クレセントは波浪塔を回航して、3挺身で波の間を縫ってすかさず、タック。と気が付くと網が目の前に・・・。あわてて少しベアしてクリアする。これは怖い。
さて、小網代は何度かな?133度位だな。などといろいろ考えていたら、こうたん、「あれ、ジブに裂け目がない??」はい、確かに裂け目があります。なんと上から3分の1位のところで真横に裂けている。「No.4を探せ!!」しかし、キャビンの中からは「ないみたいだけど・・・。」そうだ、そういえば、No.4は家の倉庫だ・・・。「ストーム・ジブ用意」うそだろ。ストームなんて、生まれて初めてだぜ。と思いつつ、こうたんの素早い作業を見守る。うほっ。真っ赤なジブ。
気が付いたらデッドヒートの海援隊が再びクレセントを捉えて、抜いていく。ええーい。ストームだって!!時が付いたらいつの間にかストームジブで海援隊を抜き去っていく。これは、その時ヘルムをとっていた山本さんのお陰。さすが!!
メインのつくちゃんも今日は大変。メインシートを出したり、入れたり。今日一番、MVPはメイントリマー、つくちゃん!!
斉藤君は、久しぶり(半年振りくらい?)のレースで、なんとなくリハビリ状態。早く、勘とスピードを取り戻してね。
菊谷さんは、いつものキーボードだけでなく、初めてメントリに挑戦。なかなか楽しそう。メントリはヘルムと一体だからね。そういう意味では、チームワークを感じられて楽しいよね。
こうたんにはちょっと物足りないレースになったかもしれないけれど、これが本来のクレセントのペース。これがあるから16年チームは続いている。ご容赦ください。
こうたんのレース終了後のコメント(済みません。引用させてもらいます。)
「15〜25ノットという最高のコンディションの中素晴らしいセーリングが楽しめました。相模湾は、美しいところですね。特に、関西の大阪湾から抜け出して相模湾に接すると余計にそう感じてしまいます。」
こうたんは大人!
小網代回航後もブローチングせず、きっちりと走って、ストームジブに拘わらず修正10位。
これは割りと立派かも。
日付:2004年5月23日
出航地:葉山マリーナ
帰港地:葉山マリーナ
乗員:稲葉文則氏(湘南艦隊大提督)、糸賀氏(ターンパイクの鬼)、小西氏(LLV新進気鋭のバウマン)、金子、菊谷、平井
海象:天候:曇り、風向:北北東から北東、風速5-10ノット、波高0.5m
レースリザルト:5位
ログ
写真集
コメント(平井)今回は、直前まで参加者が3名の予定で、スピンすら揚げられるか不安な状態だった。ところが、ウインド・トランスジューサーの修理をしていてくれた糸賀さんが日曜日は空いているとのこと、ラッキー!!早速誘ってしまいました。そして、前日の晩、SORC会長の稲葉氏から小西さんともども来て頂けるとのこと、なんてラッキー。ということで、なんとか6名での参加となりました。
スタートは、ウエザーマークなしのスタートで一斉にスピンスタート。当クレセントは、ルームの空いているところで、フレッシュエアを掴んでのまずまずのスタート。スタートしてしばらくすると、右斜め前方にスターボードJr。その後ろにル・ジュビアンヌとハンデの高い船のすぐ近く。そして、後ろを見ると、あらら、みんなついてくるではないか・・・。
クレセントにしては珍しいこともあるものです。これもひとえに、糸賀さんのスピンワークと、稲葉提督のこまめなメインセールトリムのお陰。糸賀さんは、若干高めのスピン・フットで、こまめにセールを出し入れして走らせる。実にうまい。
そうこうするうちにタイボウと呼ばれる網を過ぎ、私は暗岩が怖いために少し下らせていく。と、その内側を魁が突っ込んでくる。ええー、そんなところとっても大丈夫なの?暗岩は???と思っているうちに烏帽子岩。魁はものの見事にクレセントに内側を回航。続くウインドフェアリーも魁と同様に回航。もう既に売却にかかっているクレセントは怖くて烏帽子岩に近寄れない。チキン平井、困ったものだ。
ウインドフェアリーの後を追いかけてタックし、陽光のケツをくぐるとなんとプラトーが向かってくる。普通だったら強引に前を通るところだが、そこで、頭の後ろから声が・・・「絶対ぶつけてはならない。万が一にも」。ということで急遽タック。クルーの皆さん、本当にすみません。
ということで、しばらくプラトーに付き合っている間に、どんどん抜かれ、気が付いたらさくらも横に来てしまった。およよ、まずい。ということで、気合を入れなおしてゴールを目指すが、なかなか先行艇に追いつけない。漁船と網をよけつつ、何とかゴールはするものの、結果は5位でした。たぶん、葉山での最高位だと思いますが、もしかしたら3位にはいけたかも・・・。まあ、次回頑張りましょう。
日付:2004年5月9日
出航地:葉山マリーナ
帰港地:葉山マリーナ
乗員:野沢氏(HMYCレース委員)、築城、金子、寺澤、記内、下地さん、平井
海象:天候:曇りのち雨、風向:南(150度位)、風速12-14ノット、波高:1.5m
レースリザルト:コミッティ担当
コメント(平井):
HMYCに昨年の2月に入会して以来初めてのコミッティ担当。今までは、沼津フリートでコミッティを毎年やってはいたが、沼津ではスタートラインを二つの灯台で作るため本部艇を使う必要がなかった。ただ単に、ヨットで大瀬沖まで走っていって上マークをを落として来れば良いだけだった(とはいっても、大瀬沖は急に深くなり、100M近くの水深があるため、アンカーを回収することは骨が折れることではあったが・・・。)。
ということで、本部艇を使ってのコミッティは初めての経験となった。大丈夫かなあ、と思っていると、様子を察知した記内さんがレース委員の野沢さんに声を掛けてくれた。野沢さんは、非常に快く乗艇を承諾してくれて、感謝、感謝。HMYCの良いところは、レースの素晴らしさはもちろんのこと、こういったメンバーの人柄の良さにもあると思う。
念のため、5/5の子供の日レガッタの終了後、マリーナへ行って、各種備品の点検を行なう。その際に判明したのは以下の点だった。
・次の備品はないが、特に使わないので良いとのこと:パワーメガホン(小)、風向計、赤旗、青旗、HMYC横幕2枚
・次の備品は、コミッティが用意する必要あり:バインダー、メモ用紙
ということで、本番。残念ながら天気には恵まれず、曇りでいつ雨が降ってきてもおかしくないという状況。なんとかレース終了まで天気がもつことを祈りつつ、レース受付を始める。やはり、連休明け、しかも天気が悪いとあって参加艇の数は伸び悩み。結局合計17艇となった。
事前の予報では、お昼頃に南の風になるものの、スタートの頃は、それまでの北っけの風と南の風がけんかして不安定になるはずだったが、予想通り10:30頃は、風が落ちてスタートできず、とりあえず延期信号を挙げて延期とする。そうこうするうちになんとか南の風が入ってきて、ラインを作るが、本部艇の位置は村越さんの指示で決定される。「あと10M下げて」「は−−い」といった感じである。
ということで、若干遅れてスタート。第1レース、およよ、これはリコール艇がいくつかいるぞ、と思っていたら、ちょうどスタートの時にハート・オブ・ニッポンが本部艇の前面に「みんなを見せないぞ」とばかりにかぶさってくる。もちろんハートもリコールなのだが、それより向こうが一杯も見えずあえなくゼネリコを宣言する。まあ、しょうがないね。初めてのコミッティで良い経験だね、などといいつつ再スタートの準備をする。今度は1分間ルールの適用があるのだが、ホビーホークがなかなかコースサイドからライン上に戻ってこない。おお−い、はやく帰って来いよ、と祈っていると何とか間に合ってラウンド・アン・エンドにはならずに済んだ。さてさて、みんな無事スタートするかな、と見ていたら、やっぱり、そろそろとみんなラインから出て行く。これはどうも潮のせいだね、みんな止まっていられないんだね、なんて思っているうちに、リコール確認担当の記内さん、つくちゃんから次々とリコール艇の名前が呼ばれる。下地さんがノートに書きつつ、数を確認するとなんと6杯。おお−い、どうするんだ。と思っていたら、すかさず野沢氏がリコール旗を挙げる。さてさて、どうなるかな、と見ていたらすかさずスターボードJrがラインに戻ってくる。さすが、レース委員長。にっこり笑ってリコール艇の数を確認してから、するすると再スタートを切って艇団を追いかける。N/Mは早いね!
というような波乱のスタートを経て、微風の中、うまく吹き出しをつかんだ船がゴールに帰ってくる。でも、ごめんなさい。5杯だけはフォーンを鳴らせないんです。
第2レースは、さすがに波乱の第1レースの教訓からか、皆、ラインに近づかない。非常にクリアなスタートを切って、上がってきた風に乗ってスムースに上マークに走っていく。本部艇から見ると、いろいろな船が、それぞれの思惑で走っているのが良くわかる。うまくコースを見つけた船。悩んでいる船。本部艇はレースに参加できないので、一見つまらないようだけど、なかなか良いものだ。そして、本部艇も上マークへ移動し、各艇の上マークでのマークラウンディングを採点して、アンカーを打ち、皆のゴールに備える。
下地さんの素晴らしいバスケットのランチも堪能し、レース観戦も堪能し、なかなか良い一日でした。リコールの皆さんには本当に申し訳ないこととなりましたが、これもレース、許してください。残念ながらアデレードさんにトラブルがあってDNFとなりましたが、少しでも損傷が小さいことをお祈りしております。
日付:2004年4月18日(第2回京急カップ)
出航地:葉山マリーナ
帰港地:葉山マリーナ
乗員:バウ:記内、キーボード:菊谷、ジブトリ:築城、メントリ:古関、タクティシャン:山本、フローター:横山、ヘルム:平井
海象:天候:晴れ、風向:南西から東南東、風速8ノット、波高0.5M
レースリザルト:11位
ログ(葉山−小網代)
コメント(平井):思えば、昨年の2月に葉山マリーナーへ移転してきて、しばらくしてから第1回の京急カップが行なわれた。その時は、たしか風が弱く穏やかな海面で沖出しし過ぎて失敗した記憶がある。あれからもう1年余。早いものだ。
今回は、最初から非常に気弱だった。というのは、前回審問を受けたということがあるので、今日の目標は、「安全に、そして他艇とからまない」。しかしながら、しょっぱなから大失敗。早めにアプローチし過ぎて、予想よりも上手より、しかも船の集団の中に突入。気がついたらLLVが横腹を向けたクレセントにスターボサイドから突っ込んでくる。ああ、松尾さんのサングラスが怖い!!!とみっともない姿をさらしていたら、しっかりゼネリコに。ああ、助かった。
気を取り直して、再スタート。今回もライン上を流す羽目になるものの、優しい葉山の皆様のお陰でなんとかリコールせずにスタートを切れた。その後は、あまりタイトじゃないクローズホールドで一路亀城を目指す。LLVは、岸よりを狙い、さくらが見事な足でするすると伸びていく。片や沖ではスターボードJRがフリートを引っ張っているがあまりスピードが乗っていない。わがクレセントとほぼ似たような位置にいる。N/M34がこの位置じゃだめでしょ、なんて、思っていたら、これまたするすると足を伸ばし始める。そうこうするうちに、小網代の浮標に到着。浮標を回航してしばらくしてからスピンを上げる。もう少し早めのスピンアップが良かったかも、と思いつつ、先行するさくらを追走するが、なんともさくらの逃げ足が速く一向に追いつく様子がない。ああ、これはさくらの優勝かななどと思いつつ、ゴール。しかし結果を見て、さくらは3位。アデレードの皆さんに脱帽でした。
日付:2004年4月4日(第40回葉山町長杯)
平井は事務所旅行で鬼怒川に。稲葉高広氏から「最近、平井さん怠慢じゃない?」との叱声が飛ぶ。でも、一応所長だし・・・。言い訳に終始する平井でした。
日付:2004年3月28日(第11回スプリングレガッタ)
これまた、平井は家族を連れてGuamへ。ヨットレースではなく、ドッグレースに励んでおりました(ウソ)。
日付:2004年3月7日(第2回ひな祭りレガッタ)
残念、平井の米国出張で無念の休戦
日付:2004年2月8日(第13回ミッドウィンターレガッタレガッタ)
出航地:葉山マリーナ
帰港地:葉山マリーナ
乗員(第1レース):バウ:記内、キーボード:菊谷、ジブトリ:北中、メントリ:寺澤、ヘルム:平井
乗員(第2レース):バウ:記内、キーボード:菊谷、ジブトリ:寺澤、メントリ:平井、ヘルム:北中
海象:天候:晴れ、風向:南、風速5-10ノット、波高0M
レースリザルト:23位
ログ:第1レース、第2レース
コメント(平井):第1レースは、私がヘルムを取った。レース内容は・・・記憶を失った。第2レースは、北中氏がヘルムを取った。気がついたら、審問の席上にいた。
アドニスの大野さんの言葉が印象的だった。「他艇にからまない、からまれない」。
レースは人生だ、と思った平井でした。
日付:2004年1月18日(第13回ニューイヤーズレガッタ)
出航地:葉山マリーナ
帰港地:葉山マリーナ
乗員:バウ:記内、キーボード:菊谷、ジブトリ:古関&JOY、メントリ:種田、フローター:横山、ヘルム:平井
海象:天候:晴れ、風向:北北東、風速10ノット、波高0M
レースリザルト:19位(不調-----!)
ログ:第1レース、第2レース
コメント(平井):今回は、古関さんが英国人でとあるベンチャー企業のBusiness
Developmentを担当しているロンドン在住の美女を連れて来て全てが始まった。クレセント始まって以来、船上で英語が飛び交う